2012年5月19日 (土)

日食メガネを作ってみた

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某病院で、レントゲンフィルムの端の黒い部分をかざして太陽を眺めると、いいあんばいで輪郭が見えることを発見した。早速、焼き損じの黒いフィルムをもらって、日食メガネを作ってみた。周囲はティッシュペーパーの空き箱を利用した。

ニュースなどでは「専用グラス以外のものは、赤外線が・・・」と言っているので、AV機器の赤外線通信端末をフィルムでかざすと、通信はとぎれる。という訳で、短時間の使用ならば「直ちに健康被害はない」と考えているが、マネする人は自己責任で。

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2012年5月15日 (火)

MOMASの草間彌生展に行ってきた

フリーになってよかったと思うことの一つは、平日の混まない美術館でゆっくり鑑賞できることである。今日は午後から出勤なので、埼玉県立近代美術館、通称MOMAS: Museum of Modern Art of Saitama、に行ってきた。埼玉県民でも知らない人は多いが、たまに大当たりの展覧会をやっていて、今回はまさにそうであった。
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ちなみに美術館の設計は黒川紀章、隣接する公園には彼の代表作である中銀カプセルタワーのカプセルが展示されている。
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その他、大きいインスタレーションは写真撮り放題であった。
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また、このように他の人が入らない状態で写真が取れることに、あらためて「フリーになってよかった~」と実感した。
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草間彌生のサイン
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埼玉での展示は今週の日曜日までなので、興味のある人はお早めに。

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2012年1月 5日 (木)

女医のお悩み相談室11:医者夫をゲットしたい女性研修医・復活愛に賭ける

Q11.
Clonidine先生、いつもお世話になっています。後期研修3年目になり、研修環境には一応満足しています。同期内科医の婚約以降、アドバイス通り、婚活サイトに登録したり、フェイスブックも始めましたが、今一つピンときません。そうした中で「学生時代の元カレが若ナース彼女と別れた」との情報を入手しました。来月、同窓会があるのですが、復活愛のための戦略的アドバイスがありましたら、ご伝授ください。


A11.
アラサー(それ以上)女医が婚活で結果を出すためには、「ムダな(=結婚につながらない)な交際には手をださない」のが鉄則です。「同窓会に出席→数分間立ち話→経過観察」で充分です。1カ月以上リアクションがなければ、次に行きましょう。


年賀状シーズンである。アラサーの頃、差出人が「松任谷正隆・由美(旧姓:荒井)」式の年賀状で、知人女医の結婚を知ることが多かった。40代となった今、再び「荒井由美」式の年賀状で、知人女医の人生再出発を知ることが多い(特に、医師&医師カップル)。私の研修医時代は、「女医の夫にふさわしいのは医師男(さもなくば一生独身)」との雰囲気が今より強かった。女子医大生率は約3割、妥協すれば1人程度はプロポーズしてくれる男医者がいた時であった。そして、一生独身を恐れて妥協してはいけない点まで妥協して医師・医師婚にもちこんた結果、40代のシングルアゲインにつながっているような気がする。

1.結婚相手のオススメは「疲れない交際相手」

 「Clonidine先生は女医の夫には男医より非医師を薦めますか?」と、よく訊かれるのだが、私のオススメは結局のところ(職業に関係なく)「交際して疲れない男」である。逆に、貴女が精一杯努力しないと関係が維持できない男は、結局のところ夫向きではない。
 一生独身をおそれ、「今晩の当直、代わりにやってくれ」「結婚してほしかったら、外の女つくってもガタガタ言うな」といった、かなりヤバーイ言動を無視して医師カレにすがりついて結婚にこぎつけても、そういった不健全な関係を年単位で維持することは困難である。


2.失ってわかる愛もある・・・らしいので、別れ際は潔く

 なんだかんだいっても、医学部というところは勉強はハードだしカリキュラムは密で同期の人間関係は濃い。一時的に若ナースに迷った元カレが、青春時代を共有した同期元カノに還る可能性はゼロではない。

 というわけで、男に別れ話を切り出されて復活愛を期待するならば「そうね、わかったわ。」などと気丈につぶやいて、その後は自分からのメールや電話は自粛・・・というのが望ましい。寂しい夜には、病院で残業する・勉強する・ネット婚活するなりすれば、そのうち眠くなり、やがて朝が来る。間違えても、元カレのアパート前で待ち伏せしたり、車にイタズラするのはやめよう。「今でも愛してます」「ずーっと待っています」的なメールも、たいていの場合は逆効果である。

 
3.Xデーに向けて~当日

 同窓会の日まで、特に準備すべきことはない。ダイエットの目標にする程度ならばよいが、ウン十万のエステやら整形手術の必要はない(=そこまでしないと振り向いてくれない相手は、所詮は夫には向かない)。当日も、軽くメイクして、ちょっとおしゃれな服を着てゆく程度でよい。会場で元カレを見かけても、軽く会釈する程度にしておこう。向こうから話しかけてくれば、数分間のおしゃべり程度で切りあげる。話しかけてこなければ・・・なにもする必要はない。


4.「経過観察」も立派な作戦

 間違っても、貴女から元カレにまとわりついてはいけない。元同級生ならば、元カレがあなたの連絡先を見つけることはたやすい。彼から尋ねられたならばともかく、貴女からメルアドやら携帯番号を積極的に教える必要はない。「再交際→結婚」の可能性をさぐるなら、「彼のほうから連絡がある」ことが一つの目安である。貴女からまとわりついておしかけた場合、「次のチョイカワ彼女ができるまでのつなぎ」的な再交際はできても、結婚にいたる可能性はかなり低い。後期研修三年目ともなれば、そのような高リスク低リターンな交際はおすすめできない。


5.視野を広げよう

 ひたすら待つ日々がつらかったら、こういった時期ほど院外婚活のチャンスである。思い切ってお見合いサイトに登録して、実際に非医師男とデートしてみよう。特に「医学生・医師以外と交際したことがない」女医には、「非医師男とのデート」は社会勉強としておすすめである。「この男(医師)を逃すと後がない」といった焦りは、冷静な判断の妨げになるし、出会いを遠ざける。妻として「知的キャリア女性」を好む非医師男もそれなりに存在することを実感しておくと、心のゆとりが生まれ、出会いの好印象となる。

 そして1カ月以上待っても元カレからの連絡がなければ、院外婚活に本腰をいれればよいだけの話である。


6.復活愛はステップアップのチャンス

 そして元カレから連絡が来て再交際を求められた場合、選択肢は二つしかない。「結婚を前提とした真剣交際」か「交際なし」である。元カレに「新しい彼女ができて捨てられるなんて、あんなつらい思いは一度でたくさん」という毅然とした姿勢を崩さなければ、ムダな交際による時間の浪費を回避できる。


7.実は仕事でも使えるテクニック

 フリーになって五年、「自分からは営業せず、向こうから来た仕事のみを検討する」」「仕事が空いても、充電期間と考えて別のことに集中する」「一方的に契約終了されても、あっさり引き下がる」「再契約を求められたら、条件改善のチャンス」etc・・・上記のテクニックは、実は仕事を探す上で非常に有用だと思う。

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2011年9月18日 (日)

女医のお悩み相談室10:医者夫をゲットしたい女性研修医・その後

Q10.

医師夫をゲットしたい女性研修医」でお世話になりました女性研修医です。clonidine先生のアドバイスどおり、オバチャン看護師の多い公立病院で、麻酔科後期研修医となりました。ライバルとなりそうな若手ナースは少なく、狙いを定めた同期内科医の彼の周囲には目立つ女は見当たらないので、本を借りたり、お礼に弁当を作ったり頑張っていたのですが・・・彼は、ネットで出会ったピアノ教師と婚約するとのこと・・・ショックです。この病院には、彼以外にフリーなアラサー男医者は見当たりません。私は後2年間の後期研修期間をどうやって過ごせばよいのでしょう。

A10.
研修医は研修が本分です、研修に邁進してください。と同時に、後期研修開始後一年が過ぎて有効な出会いがないけど本気で結婚したいならば、本気で院外婚活を検討されることをお勧めします。


日経メディカル調査によると、既婚女医の夫が医師である率は、

2007年調査で68%→2009年で58%
だそうである。

また、医療界に限らず世間は「晩婚化」しており、平成21年の平均初婚年齢は、男性 30.4歳、女性 28.6歳だそうである。かねてから、医師‐医師婚の一つのパターンは「医大で出会う→卒業と同時に結婚」であったが、特に男性にとって「医大卒業と同時に結婚」とは決断しにくい風潮になってしまった。よって、女医の側も「学生時代に一度は彼氏はできた→特に約束もないまま卒業→研修医時代に彼氏だけモテモテ→別れ→女性側はそれっきり院内で出会いなし」というパターンがしばしば散見される。


1.49000 vs 1600

フランス書院文庫オンラインにおいて、以下の職業で検索してみると、全1111冊中

教師      497
OL       162
看護婦     96
秘書       94
女医       68

よって、とりあえず一般男性の6.1%程度は女医を相手にしてくれそうである。20代後半の1学年を約160万人と仮定すると、男性は半分の80万人×6.1%≒49000が婚活のターゲットである。

一方、全国の医大数80×定員100×0.6とすると、1学年あたりの男医数は約4800人、その約三分の一が女医を相手にすると仮定すると、婚活ターゲットは1600人と推定できる。

以上より、婚活ターゲットを医師に限定するか否かで、「49000 vs 1600」という大差が発生するのである。


2.先輩の話を聞こう

平成20年代ともなれば、身近に非医師婚した女医が1~2人はいるはずなので、世間話程度になれそめを聞いてみよう。また、非医療関係者と結婚した看護師からも情報収集しよう。女という生き物は見栄っ張りなので「彼に一目ぼれされて~強引にプロポーズされて~」などと、「なアホな、他から聞いた話と違う、かなりフェイクが入ってそうだ…」というストーリーを聞かされるかもしれないが、ありがたく相槌をうって拝聴しよう。要するに「学校や職場が女だらけの場合、いかにして外部の男と出会うか」についてイメージできればよい。


3.アドバイザーを持とう

女医4割時代ならば、恋愛関係の相談のできる女医仲間の1~2人はいるのではないかと思う(全くいないならば、そもそも婚活以前にそのことを真剣に反省すべきである)。本人が浮かれて舞い上がっているときに「毎週帰省なんて帰りすぎ、実は妻帯者だったとかじゃない?」などと、冷静なツッコミを入れてくれる人間を確保しておくと、無駄なトラブルを予防できる。


4.王道はネット

文明の進化はありがたい。多忙な研修医の院外婚活の王道はネットである。具体的な手順については、山ほど本やHpがあるので、そちらをあたってほしい。「ネットで個人情報をさらしてまで、よくやるよ~」などと噂する人がいないわけではないが、婚活は結果がすべて、幸せになった者が真の勝者である。


5.同窓会そしてFacebook

近年ではFacebookという文明の利器もできて、「婚活サイト登録するほどの勇気はないが、なにか始めたい」女医はとりあえずこちらから試してみよう。「高校の同窓会」「ネコ写真の投稿サイト」「近くサンディエゴに学会出張するので、現地情報収集」など、スマホやらiPadやらで隙間時間にマメに活動してみよう。

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2011年6月26日 (日)

女医のお悩み相談室9:医者夫をゲットしたい女性研修医

Q.9
 26歳、初期研修2年目です。得意の英語を生かせる国立医大ということで九州のA医大に進学しました。A県には知人はおらず、同級生100人中55人が女子学生であり、付属の看護短大にも約80人の女子短大生がいて恋愛関係は苦戦しています。学生時代よりノートコピーや授業代返などで尽くしてやっとゲットした同期彼は四月から遠距離恋愛になり、五月初頭に「臨床研修に専念したい」と別れ話をされました。(先日、AKBのナントカ似の新人看護師の彼女ができたと判明しました)。
 後期臨床研修先は東京の名門医大にして、名門医大卒の夫をゲットして、元彼を見返してやりたいのです。顔面レベルは並ですが、A医大での成績は上位でした。麻酔科は広く外科系との交流がありますよね。大学病院の麻酔科に入局して外科系男医を狙い、医師夫人となった後はパートで家事・育児の支障にならない程度に働きたいと思いますが、いかがでしょうか?

A.9
 残念ですが「確実に医師夫をゲットする」方法はありません。さらに残念なことは、「生物学的女フェロモン」は22~24歳をMAXに、加齢とともに低下します。また、東京はA県よりも格差社会ですので「医師男」という婚活強者にはA県以上の競争率でライバルが群がります。「医師男としか結婚するつもりはない」と決心するのはご自由ですが、同時に高い「一生独身リスク」が存在することを覚悟する必要があります。


先日、出産後初めて日本麻酔科学会に出席した。「ブログ読んでます」「育児が一段落したら再開してくださいね~」などと言われるのだが、期待されているのはどうやら「女医のお悩み・・・>心臓麻酔・・・」らしい。というわけで、ひさびさの「女医のお悩み」シリーズである。

1.「女が医大に進学すれば自動的に医師妻になれる」時代は終わった

 ご承知のとおり、医学生における女性率は現在約4割である。女子学生が弱いとされる「数学・物理」の配点が低い医大では、全国から女子受験者が殺到する結果、男<女となった学年も存在する。(女子学生率が今なお3割以下の地方医大は、面接・小論文などで何らかの操作がある可能性が高い)。しかし今なお、女子医学生~女医の多く(8割ぐらい?)は、結婚相手の第一希望は男医師である。一方、男医師も女医を希望するならメデタシメデタシなのだが、そうは問屋が卸さない。男医師のざっと半分は看護婦(を手始めとする非医師女性職員)に持って行かれるのが現実である。

 小説「白い巨塔」や、渡辺純一の医学小説では「看護婦とは(遊んでも)結婚はタブー」という雰囲気があった。昭和時代には「看護婦妻は出世の妨げ」という説もあり、「若い看護婦の恋人がいても、結婚は親の薦める女性と見合い」という風潮は女医には有利だった。しかし平成20年代となった今、「教授夫人は元看護師」も珍しくない。「ナースと結婚なんて出世できないよ!」などと軽々しく発言すると、教授の不興を買うリスクは高い。

 また、男性医師の1~2割は非医療関係の専業主婦を希望する。「家では仕事を忘れたい」「院内不倫しても気付かない妻がよい」など理由はさまざまだが「院内女性」と結婚したがらない男が一定率で存在するのは事実である。よって、「院外女性との結婚率」を15%と仮定すると

 男性医師 女性医師     女医婚したい男医 男医婚したい女医 女医1人当たり男医数
  80     20         28          16          1.75          (昭和末期卒)
  70     30         25          24          1.04          (平成1ケタ卒) 
  60     40         21          32          0.656         (平成十年代卒)
  50     50         18          40          0.450         (平成二十年代卒~?)
  45     55         16          44          0.363         (米・仏の現在、日本の将来?)      

とシュミレーションすることができ、女医率が3割を超えたあたりから、急速な男医不足が進行することが予想できる。女医4割時代は「女医になれば自然に医師夫人になれる時代」が終わったことを意味する。     


2.「こうである」を元に行動すべき(「こうあるべきである」は置いといて)

 基本的に男は「若くてキレイな女」が好きである。「女の売り頃はクリスマスケーキ」とは公言されなくなって久しいが、「男を引き寄せるフェロモン」の目安でもある(医学的にも妊娠しやすく、できちゃった結婚に持ち込みやすい)。「長年つくした糟糠の彼女(?)を捨てるなんて恩知らず!」と怒っても、元彼に敬遠されることはあっても、微小なモトサヤの可能性をゼロにするだけである。女医の院内モテ時は今なお、医学生>初期研修>後期研修>それ以降である。

 一方、婚活市場における男性医師は人気が高い。医師の待遇向上というより、他の「エリート」が

 弁護士・会計士・歯科医師→ 数が増えすぎ
 高級官僚          → 事業仕訳・天下り規制
 外資金融          → リーマンショック
 起業家           → ホリエモン&村上の逮捕
 大企業           → 日航や東電でもつぶれそう

と、軒並みケチがついたために、相対的に勝ち残ったかと思われる。ネットの婚活サイトに登録するだけで、うんざりするほど交際申込みが来るらしい。また、院内でも研修指定病院となるような大病院では、看護学校が併設されることが多く、毎年ピチピチの新人看護師が補充される。研修医時代の男医は「人生最大のモテ期」となることが多く、「古びた口うるさい女医」より「22歳チョイカワ看護婦」に走ってしまいがちである。


3.「余裕」が出会いを増やす

よって、相談者のように「医大生」「初期研修」の二大モテ期を逃してしまった場合、「何が何でも医師夫」ではなく「医師夫が望ましいけど、私を大切にしてくれる男だったらそれ以外でも可」ぐらいに目標修正しておくべきである(平凡なルックスならば特に)。「ハイミス女医の医師狙い」は雰囲気だけで周囲に漏れやすいし、第三者としても(そして狙われた男医も)気が滅入る。研修の合間に院外にも出かけて、あてはなくても「私~院外でもイロイロあるんです~」的な雰囲気を漂わせておこう。とりあえず飲み会などに声を掛けられやすいのは、後者のタイプである。


4.ライバルを減らせ

 「医師男の半分は看護師に持って行かれる」ならば、「若ナースの少ない病院」が狙い目である。研修病院を選定するにあたって、付属看護学校のない病院(Hpなどで簡単に確認できる)、公立病院などナースの平均勤続年数が長い病院(院内保育所の有無や定員などで推測できる)をいくつか選び、実際に見学する際に「ナースがおばちゃんだらけ」の病院をさがすとよい。実際に研修するにあたって、おっかない婦長にイビられるかもしれないが、男というものは「イビる女」より「イビられる女」に魅かれやすい。同じ看護婦の言動に悩むうちに、同僚以上の関係になれるかもしれない。


5.裏ワザ教えます

どうしても医師夫をゲットしたい女医にとって、昭和的パラダイスが残っている職場を一つ知っている。

ずばり防衛医官である。

軍服は男をもっとも美しく見せる」と書いたのは作家の塩野七海だが、元防衛医官の医師(埼玉県にはけっこういます)昔の制服姿の写真を見せてもらうと、医局で寝転がってスポーツ新聞読んでるオヤジと同一人物なのかと疑うほど、凛々しい。とくに3.11以降、軍服姿で敬礼する姿は「萌え~」である。どこかの相撲部屋のおかみさんが、親方の留守中に自宅に引きずり込んだ心境が、わからなくもない。

自衛隊員は基本的に公務員なので、産休・育休・育児時短も取りやすいそうである。3.11のせいで、志望動機を聞かれたら「自衛隊の活動に感銘を受けた」などと言えば、下心を疑われることはないだろう。われとは思わん女医はチャレンジしてはいかがだろうか。

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2011年5月27日 (金)

私の夜泣き対策

ベビーの夜泣きが治まらない。特に原因がなくても、夜中に一時間以上泣き続けることがある。4月から、週5日体制で働いている身としてはけっこうつらい。寝ることが大好きな私としては、「このガキ!、ビニール袋にでも入れたろか!」という考えが、脳裏をよぎったりもする。

それでも今のところ、虐待もなく育児をこなしている理由はズバリ・・・昼寝をしているからである。

小規模な病院では、「午前中外来→午後手術」のところが多く、現在の契約では週3回は午後出勤なのである。夜泣きに悩まされた翌朝、徒歩5分の保育所にベビーを預け、その後自宅に戻り、自らのベッドで数時間の仮眠・・・私にとって至福のひととき。「フリーになってよかった」としみじみ思う瞬間である。

大学や大病院勤務だと、自分の担当症例は午後からでも、朝のカンファレンスには出席しなければならず、その後も導入の手伝いやら次の学会やらの仕事(もしくは仕事をしているフリ)をしなければならない。運よく、医局のソファーや空いている当直室で仮眠できても、自分のベッドでの熟眠感は得られない。

という訳で、今夜もベビーをあやしながらこの記事を書いているが、「まあ明日の午前中はひと眠りできそうだからいいや」と思いつつ、育児に励んでいる

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2011年3月30日 (水)

災害医療援助と心臓麻酔とママ女医の共通点

東日本大震災に関して、とりあえず私が実行したのは以下の通り。

1.節電   といっても、赤ん坊のいる家庭では限界があるので
2.義援金  日本赤十字社、および20代に一年間派遣された病院のある福島県浜通り某市の口座に直接振り込ませてもらった。現金だけでなく、カード等の会員ポイントでも義援金に変換している。
3.災害医療援助に行った医師の残務穴埋め もっとも私の知人は、現地ではひたすら死体検案書ばかり書いているそうだ。
4.計画停電に協力 というか、拒否する権限も私にはないので、今のところ停電がらみのスケジュール変更をなんとか対応している。
5.ムダな買占めはしない、非科学的に怖がらない ペットボトル水は買わず、ベビーのミルクは水道水で作っている。昨日は北関東産のニンジンで離乳食を作った。近海ものの魚もフツーに食べている。


被災者への鎮魂や思い遣りのムードでいっぱい今、それに水をさすことを不愉快に思う方も多いかもしれないが、私がネパールでの勤務経験から学んだことの一つは、医療(に限らず)

援助を開始するにあたって、絶対に念頭に置かねばならないこと、それは援助からの撤退方法である。


心臓麻酔の一番の難所といえば、多くの麻酔科医は「人工心肺からの離脱」を挙げるだろう。また、LVAS(補助人工心臓)の麻酔でも、麻酔難度は「LVAS離脱の麻酔>LVAS装着の麻酔」である。弱った心臓になんらかの補助を開始することよりは、適切なタイミングでその補助を打ち切って補助なしの定常状態に持って行くことのほうが難しい。

最近の公立病院や大学病院を悩ませる「ママ女医」問題も同様である。出産を終えたばかりの女医に「当直免除」「残業免除」「保育所送迎のための遅刻早退は不問」「児の病気によるドタ休O.K.」といったサポートを開始することは比較的たやすい。ただ、そういった周囲のサポートに慣れきったママ女医を、育児が一段落した後に「当直・オンコール・インチャージ・僧帽弁形成TEE・英論文執筆・・・etc、を同期男医師なみにこなす」レベルに復職させることは非常に難しい。(近頃の医局崩壊も、援助離脱を考えない安易な「ママ女医」制度に端を発するものが少なくない)。

同様に、今回の災害医療援助でも「これを機会に東北に移住する」とか「全財産を被災者に与える」覚悟かない以上、援助に携わる医師はどこかのタイミングで援助を打ち切って撤退せざるを得ない。東北地方は仙台以外の全域が慢性的医師不足に悩んでいるし、「心のケア」などと言い出したら「必要な医師数」などきりがないのである。被災者が「元の静かな暮らし」に戻ることを望むならば、「元の医療資源で無理なく維持できる医療レベル」以上の援助を提供することは、援助撤退時にかえってその地域の医療を壊滅させる危険をはらんでいる。東京圏で生まれ育った医師にとって、東北の(しかも非県庁所在地の)医療資源の薄さは、想像を絶するのではないだろうか。

報道される被災者に同情して、思わずボランティアのために現地へ乗り込む行為は美談になりやすい。しかし、長期的に提供可能な医療資源には限りがある以上、被災者の早期復興のためにもあえて、今住んでいる街にとどまって、義援金と節電で協力するのも立派な判断だと思う。医師の場合、被災地にとっての一番の貢献法は、数日間現地に乗り込むことではなく、同じ日数の当直バイトをして、その収益を義援金として送ることかもしれない。

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2011年3月16日 (水)

JB-POT直前(じゃないけど)講座2011 番外編2 電気や酸素の途絶

「ついでにネパールでの停電や酸素配管の暴発についても知りたい」とのリクエストがあったので追加する。

最初に、現地で大変お世話になった本を紹介しておく。
Primary Anesthesia
という、ケニア在住の英国人(?)麻酔科医の執筆した教科書であり、現在ではamazon経由で入手できるようである。(私は度重なる引越しで紛失してしまったので、残念ながら手元にはない)。胸壁聴診器による術中モニタリング、ケタミン点滴による静脈麻酔など、電力など社会的インフラに制限のある場所での麻酔の工夫が、たくさん詰まっている。(ある世代以上の麻酔科医にとっては懐かしい内容かもしれない。)現在の日本でも、被災地での麻酔や、停電下での麻酔維持の参考になると思う。ふんだんな挿絵も、なかなか味がある。


10年以上前、私はネパールの病院で、約1か月間の麻酔業務に従事していた。
症例は5才男児の陰嚢水腫であった。

酸素ボンベーハロセン気化器ージャクソンリース回路を接続しただけのシンプルな麻酔器で、酸素ーハロセンによる緩徐導入で就眠させ、点滴を確保した。マスクーバッグ換気で麻酔維持しつつ、術野では消毒を進めていたところ、突然の暴発音が響き、バッグの手ごたえがなくなった。劣化していたゴムの配管が、内圧上昇で破裂したらしかった。

患者の自発呼吸はほとんどなかったが、幸いにも手術室の壁際にアンビューバッグがあった。空気換気で何とか患者の酸素飽和度は維持できたので、点滴よりケタミンを静注し、麻酔を維持することが可能になった。手術そのものは約20分で終了したので、ケタミンの追加は不要だった。


手術室が停電になったのは、ネパール出張もほぼ終わる頃だった。そもそも手術室には電気コンセントが2つしかなかったので、同時に電子機器は2個しか使用できない。麻酔中生体モニターは、聴診器と触診(脈診)および日本から持参した携帯酸素飽和度計のみであった。酸素ボンベはインドから輸入する貴重品で、術後酸素投与は基本的にはなかった。アトロピンやエフェドリンなどのアンプルは、目立つところに並べてはいるが、アンプルを切るのはそれなりにバイタルが変動したときに限られる。人工呼吸器は半径500kmにはないので、麻酔中は全て手動換気であった。

手術も終盤の頃、突然に手術室は真っ暗になった。看護婦は「あら、停電だわ」とつぶやいて、なれた調子で懐中電灯を取ってきて術野を照らした。外科医もなれた調子で電気メスをあきらめて結紮で止血した。私もいつもの麻酔維持をそのまま続行した。手術が終了すると、看護婦はわたしの手元を照らしてくれたので、患者の顔色や胸郭の動きを参考に、難なく患者を覚醒させた。

結語
1.停電下の麻酔維持にケタミンはけっこう使える。
2.酸素の途絶に備えてアンビューバッグを確認しよう。
3.可能ならば、たまには手動血圧計+聴診器のみをモニターにして手動換気で、電気なしで麻酔を維持するシュミレーションをしてみよう。
4.爺医の昔話ベテラン医の経験談を侮るべからず
5.途上国医療は災害医療と共通点が多い。チャンスがあれば災害医療の練習と思って、途上国医療を経験してみるのも悪くない。

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2011年3月15日 (火)

JB-POT直前(じゃないけど)講座2011 番外編 人工心肺中の停電

皆さんご周知のとおり、本日より東北大震災の影響で首都圏でも輪番停電が実施されることとなった。電車の運休、ガソリン不足、なかなかつながらない電話、錯綜する停電情報をのりこえて、なんとか本日の予定手術を無事に終了することができた。それなりにしんどい一日だったが、被災者のご苦労を思えば我慢すべき範疇であろう。

帰宅し、節電以外に私なりにできることは・・・と考えたところ、
「人工心肺中に突然停電し、停電下に人工心肺離脱を強行した一例」
の経験があるので、今後の停電に関係して誰かの役に立つかもしれないので(たたないことを祈っているが)、簡単にまとめておく。
例によって、細かい数値はうる覚えなので、マネする場合は自己責任でお願いしたい。


6月のよく晴れた日のことだった。
57才男性、狭心症の診断で人工心肺下CABG4枝が予定された。
心機能は比較的良好で、麻酔導入→グラフト採取→人工心肺装着→バイパス吻合までは特に問題なかった。
吻合終了後の心臓再鼓動は問題なく、ドパミン少量+ニトログリセリン+ニコランジルをシリンジポンプで流しつつ、体温の復温を待っていた。

時刻は13時頃で体温34.5度のころ、突然にあらゆる電子機器がストップした。
なぜか天井灯のみが点いていた。

手術室内のスタッフは比較的冷静で
「雷?」
「朝は晴れだったのに?」
「そのうち非常用電源が点くよ」
「TEEが電力を喰いすぎなんじゃない?電源を抜いてみれば?」
などと会話しつつ、電力の復旧を待つこと5~6分・・・

モニターはシャットダウンしたままだった。人工心肺は内臓バッテリーでとりあえず動いてはいたが、電力は復旧する雰囲気がなかった。心臓外科医+ME+麻酔科医で目配せし、「このまま不安定な状態を続けるよりは、体温が低めだけれど人工心肺を離脱しよう」と決定した。

若手MEが機転を利かせて、血液ガス測定装置のバッテリーを外してモニターに接続してくれたので、基本的なバイタルサイン数値は知ることができた。カテコラミン類はシリンジポンプのバッテリーでしばらく注入できそうだった。心臓に気合を入れるべくCVからオルプリノンを1ml注入し、心臓が多少元気になってきたところで、人工心肺よりボリュームを負荷した。久々にTEEではなく直視下の心臓の大きさで、人工心肺離脱時のボリュームを決定した。人工心肺は内臓バッテリーではメインのローラーポンプしか動かない機種だそうで、サッカ吸引ではハンドルによる手回し(医龍2で登場したのを覚えている方もいるだろうか)が登場した。

人工心肺離脱後は当然のことながら人工呼吸器が使えないので、麻酔科医が手動でバッグを揉んで換気をすることになった。麻酔科医が一番忙しい時期に片手がふさがるのは、けっこうつらかった。追加の薬剤をシリンジに吸ったり、回収血をポンピングするのはなかなかつらい。他の麻酔科医たちは研修医の部屋に優先的に応援に行ったらしく、私の部屋にはだれもこなかった。

手動換気を続けること約30分、突然に電気は回復した。その後の手術は順調に進み、手術終了後に症例はすみやかにICUに運ばれ、十分に加温した数時間後に問題なく抜管された。


当然のことながら、停電および非常用電源が作動しなかった原因が調査された。

停電の原因:4月からその病院では電子カルテを導入したので、大量のパソコンやらプリンターやらが院内に追加されていたが、その時点では問題なかった。ただし6月末の晴天日の昼ごろということで、病院のあちこちでクーラーのスイッチを入れたので「電カルの容量負荷+夏季容量負荷」が重なって、電力供給能を超えてしまってブレーカーらしきものが作動したそうである。

非常用電源の作動しなかった原因:その病院の手術部は増築に改築を加えたので、タコ足にタコ足を加えたような電力配線だったそうである。天井灯だけはなぜか上階の病棟から配線をひっぱており、また手術部の非常用電源は「完全な停電」にならないと作動しないシステムだったそうである。

個人的には、私にとって「手術中の停電」はネパール(酸素配管の暴発も経験)、ニューヨークに次いで3度目(ただし開心術では初めて)だったので、比較的冷静に対応することができた。


結語

1.非常用電源を過信してはいけない。
2.人工心肺中に停電となったら、麻酔科医は人工心肺中にあらゆる薬をシリンジに吸っておき、離脱後の手動換気にそなえる。
3.明日、手術室に行ったら懐中電灯とバッテリーの在処を確認しておく。
4.酸素も途絶する可能性があるので、セルフインフレーション式アンビューバッグの在処を確認しておく。
5.電カル導入後1年ぐらい(少なくとも夏を越すまで)は用心すべし。

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2011年1月30日 (日)

フリーランス医の追撃者

今年の新年会シーズンもほぼ終わった。酒の肴に「○大は3月末で10人辞職らしい」「×病院麻酔科は部長以外全員辞職だって」といった情報が飛び交うが、今や季節の風物詩のようなものである。

同時に、新規にフリーランス開業する若者の情報も耳にする。最近目立つのは30代後半の男性医師、しかも名門医大生え抜き医局員、米国専門医有資格者などの新規参入である。大学医局に属していれば教授やら有名病院トップの座が半分保障されているような中堅医が、早々に「大学医局内での出世」に見切りをつけて自由競争に転じるあたりに、「医局という制度の先詰まり」を実感する。

また、フリーランス業界には、いわゆる「ママ女医制度」はない。「子供が熱でぇ~」などと、ドタ休や早退を繰り返すと「代わりが見つかりましたので、来週からは子育てに専念してください」などと病院側に言われるのがオチである。

私は40代という体力の下り坂でベビーというハンデをかかえて、気力・体力の充実した彼らと比べられて見劣りしない麻酔サービスを提供しなければ生き残れないのだなあ・・・と小さくため息をつくのである。

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