ロス疑惑2006(JB-POT直前講座2006-5)
更新が滞っており受験生の皆様、申し訳ありません
8月上旬に世間をさわがした医療関連報道のなかに、水戸市の病院において「18才の少年がロス手術の翌日死亡」した事件のことをご記憶だろうか?「自分のレベルをわかっていない外科医が難手術に無謀な挑戦をした挙句の悲劇」といった報道が目立ったが、心臓手術チームの一員として、この事件から学べることについて考えてみようと思う。
1.ロス(Ross)手術について
大動脈弁疾患に対する、弁置換術の一種である。自己の肺動脈弁を切除し、大動脈弁に植え替える。肺動脈弁は、
・A.自己心膜で形成
・B.ゴアテックスシートで形成
・C.ホモグラフト(死体より採取し、冷凍保存した弁)で置換
の3法がある。
・利点としては
「自己組織なので成長につれて大きくなる」
「自己組織なのでワーファリン(=催奇性あり)が不要」
とされているが、
・欠点としては
とにかく難しい。「大動脈から冠状動脈を切り離して大動脈弁を切除し、肺動脈弁を切除し大動脈に植え、冠状動脈を植え替え、肺動脈弁を形成して肺動脈に植える・・・」と文章で書くのは簡単だが、手術時間は8時間~エンドレスである。簡単にホモグラフト肺動脈弁が入手できないわが国では、必然的にAかBで肺動脈弁を形成せざるをえず、ますますこの手術を困難なものにしている。よって、わが国でこの手術を独力で完遂するには、弁置換のみならず、大動脈外科(Bentall)手術をマスターし、冠動脈を植え替える手術(Jateneなど)、肺動脈弁形成術(ファロー四徴手術など)などの先天性心疾患手術経験が必要になると思われる。成人・小児・大血管にわたる広範な心臓外科トレーニングが必要と思われ、現在独立してこの手術を独立して行える心臓外科医は国内でせいぜい20人と推定できる。
2.この少年に適応のあった他の術式は?
・D.機械弁(SJMなど)による弁置換
・E.ステントレス生体弁(Freestyleなど)による弁置換
・F.ホモグラフトによる弁置換
・G.心尖部から導管を建て、その先を弁置換
などが挙げられる。
それぞれ
・D.「もっとも簡単で丈夫」だが「一生ワーファリンが必須(女性の場合は妊娠が困難になる)」
・E.「Dよりやや煩雑だが耐久性がやや劣る」だが「ワーファリン不要」
・F.「手術難度としてはEレベル」だが「わが国ではホモグラフト弁の入手が困難」
・G.「きわめてまれにしか行われない」(私自身は直接みたことはありません、狭小弁輪などで行われるらしい)
3.あなたな~らどうする~♪
というわけで、(後だしじゃんけんなのは承知だが)、どうすればこの悲劇が回避できたのだろうか
ロス手術の利点は、前述のとおり「弁が成長する」「ワーファリン不要(=妊娠可能)」なので、小児や若い女性に行われることが多い。今回の報道で(心臓外科)業界関係者の多くが首をかしげたのが、「19才の少年」だったことである。身長や心臓サイズはほぼ成長が終了しているだろうし、妊娠の可能性はない。術式の選択としてもDEFあたりの説明をした上で、「ロス手術という選択肢もあるが危険性も高い」と説明するのがフェアなやり方だと思う。(あるいは、水戸市という土地柄か「納豆のない人生などありえない」と思ったのか・・・?)
うちのICUで、「私(=30代既婚未出産)がARになったら、ホモグラフトかフリースタイルだな。外科医がだれでもロスは怖いよ。出産はワーファリンをヘパリンに切り替えて体外受精かな。」と言うと、某心臓外科医が「そんなのは機械弁に決まってるじゃないか。手術中に予期せぬ出血があったとかいって、術式を変更すればいい。安全性が高く、麻酔科医が産休をとる心配がなくなるなんて、うちの医局にとっては最適の術式だ」
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コメント
よくわからず、場違いな内容ならごめんなさい。
私は20歳の時に、風邪をこじらし、ウイルスが体内に入り、弁置換の手術を受けています。機械弁です。
病院の先生には、妊娠はあきらめるように言われました。
でも、あきらめきれずにいます。
危険だとは思いますが、可能性としてはあるのでしょうか?
今日、初めてココにお邪魔しました。いきなりすみません。
投稿: ノニ | 2009年1月12日 (月) 17時11分
ノニさん、はじめまして。
申し訳ありませんが、本ブログは病院ではありませんので、実際の病院で診察を受けることをお勧めします。
一般論として、機械弁術後でワーファリン(=胎児奇形のリスクあり)服用中の女性が妊娠・出産をすることは困難ですが、不可能ではありません。
ワーファリンを他の薬(ヘパリンなど)に切り替えた上で、計画的に妊娠・出産する必要があります。
心臓外科医だけでなく、大学病院クラスの総合病院の産科を受診し、産科医に相談されてはいかがでしょうか?
投稿: clonidine | 2009年1月20日 (火) 00時34分