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2009年9月

2009年9月28日 (月)

捨て目を利かせる

フリーランスになってよかったことの一つは、(非医学書の)読書時間が増えたことである。バッグに文庫本を忍ばせて、電車での移動時間や仕事の待機時間中に読むのは、息抜きと同時に次の仕事のヒントにもなっている。

人気骨董鑑定士の中島誠之介著:「骨董掘り出し人生」で見つけた言葉に「捨て目を利かせる」というのがある。骨董の目利き修行の一つに、「視野に入ったものをちゃんと目でひろっておく」=「捨て目を利かせる」があるのだそうだ。著者は長年の修行の結果「電車に乗って漠然と車窓を眺めていても、骨董に関係あるフレーズや店舗が視野に入ると、勝手に脳が反応してしまう」そうである。


先日、私が六本木ヒルズへ出かけた時のことだった。約束までしばらく時間があったので、ウインドーショッピングを楽しんでいた。その日は、エストネーションという高級ブティックに足が向いた。普段はユニクロやら無印良品を愛用する私にとって、敷居の高い店なのだが、何故だか入ってしまった。そして、ディスプレイされていたドレスは「Vena Cava」というブランドのものであった。

どうやら、視野に入った情報を無意識のうちに脳がピックアップして、足が反射的に動いたらしい。


P.S.
非医療関係者のための解説:医学用語でVena Cavaとは心臓に流入する大静脈の総称

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2009年9月11日 (金)

JB-POT 直前講座 2009-5 心筋炎

8月4日に放送されたNHK「たったひとりの反乱 娘はなぜ死んだのか 医療の壁と闘った夫妻の8年」を、ビデオに撮ったまま放置してあったのをやっと見終わったので、この記事を書いてある。いわゆる「新宮心筋炎裁判」である。番組の内容は、

5才の愛娘が苦しがっているので、深夜に病院に連れて行った。入院後医師は脱水と判断し、点滴のみで放置した。しかし、娘は苦しむ一方で、心筋炎と診断されたときには手遅れで死亡した。医者の説明に納得のいかなかった両親は訴訟を起こし、1審は無罪だったが2審で「医療ミス、5400万賠償」との判決となった。医師達は上告しようとしたが、市長が自宅まで謝罪に出向き、上告断念を決定、判決が確定した。

要するに「心筋症は適切な治療を施せば助かる、救命できなかったら5400万」というのが、裁判所およびNHKの判断らしいのだが、一度でも心筋症を診たことのある医者だったら、納得できないと思う


1.早期診断?

心筋炎に特異的な症状はない。「なんとなくだるい」「むくみ」「頻脈」などなど、よくある症状である。教科書的には「心電図での全誘導でのST変化」などが挙げられるが、タイミングによっては頻脈程度しか変化がないことは多く、無論ふつうのカゼでも頻脈はよくあることなので、それだけで心臓疾患を疑うことは難しい。しかし、何かのはずみで心臓にエコーを当てれば「DCMのような全周性壁運動低下」を認めるであろう。

かぜ患者のうちの数万人に一人程度の頻度だが、先行するウイルス感染が何故だか心筋に波及して炎症をおこすことがある。また、明らかな先行感染がなく、いきなり心不全に至ることもある。劇症心筋炎のイメージとしては

47歳男性:日曜日にゴルフをしていたが、昼食頃から体がだるかった。午後のプレーは早めに切り上げ、風呂場で同僚に顔色不良を指摘された。帰りの車中で失神し、そのまま救急病院に連れてゆく。外来で血圧が測れず、即入院→ICUにて挿管+人工呼吸器+カテコラミンを開始→血圧が維持できず夜中にPCPS挿入・・・

といったスピードで進行する。これはかなり運がよかったケースであり、「ゴルフ場で失神→救急車を呼ぶが間に合わず」に終わるケースもまあまあある。


2.治療

劇症型心筋炎の治療は、大きく2つ

A.補助循環を装着→自己心機能の回復を待つ
B.心移植

である。日本国内では小児の心移植は絶望的(今年やっと合法化されたばかり)なので、

A1、迅速にPCPSを装着して、自己心機能の回復を待つ(ただしPCPS単独では3日程度が限界)
A2、迅速にPCPSを装着→VAS(補助心臓)を植込んで自己心機能の回復を待つ(管理がよければ1000日以上待てる)
となる。

要するに、私が大学病院で現役だった時代でも「ダメ元、間に合ったらラッキー」の病気だった。「ヘリポートで天候の回復を待ってるうち死亡」なんてケースも経験した。大学病院は弱体化し、国循も「ICU医全員辞職」ショックから回復できない現在では、救命率はさらに下がっていると思われる。


3.小児の劇症心筋炎→補助心臓への細く長い道のり

おまけに、NHKがとりあげた症例は5歳児であり、救命率は成人例よりさらに厳しい。

新宮市の病院には心臓外科があったので、なんとか小児用の回路を入手して院内でPCPSを装着→ヘリで最寄のVAS植込み可能な病院に搬送するしかない。和歌山県だったら、最寄は大阪の国立循環器病センターあたりだろうか。

また、国内で正式に認可された小児用VAS(補助心臓)はない。成人用サイズのVASに大量の血管拡張薬を併用して、無理やり機械に患児の血行動態を順応させなければならない。「そんなのかわいそう」と流量を下げれば、あっというまに血栓ができ、それが脳に飛べばGame Overである。国内でのVASを扱う施設のなかでも、こういった小児VAS管理の経験豊富な施設は、さらに数が少ない。


4.結語

小児の劇症心筋炎の救命率とは「サイコロで3回つづけて1が出たら救かる」といったレベルの話であある。救命できなかった医師に高額の賠償金を課して、さらにNHKで再現ドラマを全国放送するという行為は、今なお救急の現場にとどまる医師の士気をくじき、医療崩壊を促進するものでしかない。


5.テストに出そうなのは?

とりあえず、心筋炎といえば全周性のST変化とDCM様エコー画像を覚えておこう。

それでは、今年のレクチャーはこれにて終了とさせていただきます。
あさっての試験、がんばってください。

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JB-POT 直前講座 2009-4 心臓移植の麻酔

ブログ主が担当したことのある心臓移植は3症例である。しかし、これでも日本国内では「経験豊富」に属するらしいので、一応その要点を記しておく。


1.アメリカのマニュアルを鵜呑みにしてはいけない

「心移植の麻酔」を担当する麻酔科医は、外国(多くは米国有名病院)の文献を取り寄せて勉強しているのではないかと思うが、そういう努力は無駄とはいわないが,医療事情の違いを理解せずにマネすることは大変危険である。我が国での心臓移植チームは、北米にくらべてかなり劣悪な条件で闘わなくてはならない。


2.2ヶ月待ちの米国、2年待ちの日本

米国では年間2000例の脳死心臓移植が施行されているが、日本では年10例未満である。この差は、「アメリカ人は日本人よりボランティア精神が深い」と言うよりは、米国の「医療費のとんでもない高騰化」「米国の民間保険会社は終末医療打切が早い」「移植に同意するとドナーの終末期医療費をレシピエント側が払ってくれる」あたりが原因と思われるが、長くなるのでここでは触れない。

「心臓移植を希望する患者がレシピエント登録を開始~実際に心臓移植ができるまでの期間」を待機日数というが、大雑把に言って米国では2ヶ月、日本では2年である。よって米国では「心筋梗塞後の心不全」程度でも、(金さえ積めば)病態が悪化する前に移植医療を受けられる。一方、日本の移植希望患者が実際に手術を受ける頃には、何度も心臓手術を受けて補助心臓を装着された状態であることが多い。対象患者のほとんどは心筋症の成れの果て、自己心機能は絶望的に低い(EFが測定できない、など)ことが多い。

よって、米国では(初開胸の)心臓移植は心臓外科レジデントが執刀することが多いが、日本では開胸だけで一苦労、その後もひたすら癒着との戦いとなり、ベテラン外科医による剥離ワザが必要になる。ワーファリンなど抗凝固薬がしっかり効いた状態で手術にのぞまねばならない場合もあり、麻酔科医はそれなりの覚悟で輸血一式の準備をしなければならない。


3.Marginal heart(イマイチのドナー心)

上記のように、日本ではまだまだ圧倒的なドナー不足なので、Marginal heart(要するに、イマイチのドナー心)による移植で妥協しなければならない場合がある。理論的には「体表面積1.8m2でCardiac Index2.0の低拍出ぎみの心臓を、体表面積1.2m2の患者に移植すればCardiac Indexは3.0で正常心となる」ということだが、そうは問屋がおろさない。

心臓移植の麻酔の難易度は、結局のところ入手した「ドナー心の心機能」に大きく左右される。「健康な20代のフレッシュな心臓を、阻血時間2時間以内で輸送」といったケースならば、移植された心臓は最低限のカテコラミンだけで勝手に動き出す。一方で、ドナー患者の受傷状態や臓器搬送などで、ドナー心が傷んでしまった場合は、手術中も術後管理も苦しい闘いを強いられる。


4.人員整理におおわらわ

日本ではまだまだこの手術は一般的ではなく、大イベントになってしまうことが多い。心臓外科スタッフが総動員されるだけにとどまらず、複数の大学や循環器センターからのエラいベテラン外科医が集まって、患者頭側の麻酔科スペースに陣取ってみんな口々に好き勝手なことを、麻酔管理上の助言をいただけることが多い。

カテコラミンの量ひとつとっても「5ガンマ」だの「1000分の50」だの「50ミリリットルに150ミリグラム換算で6速」などなど、質問主を確認しつつ相手に理解しやすい用語で返答しなければならず、「ティッシュあげてくれへん?」「テーブルダウン」といった注文にも手術の進行状況と発言者のバックグラウンドから瞬時にどちらの意見を採用するか判断するという、高度に政治的なテクニックも必要となる・・・ちょっと目を離すとTEEのキーボードを誰かが肘で突いて設定が変わったり・・・カテコラミンのラインと三方活栓が知らない間に外れたり・・・油断もすきもありゃしない・・・
とりわけ「精神科医の院長」とか「糖尿内科の学長」などが手術室に入りたがることもあるが、「感染防止」などを口実に手術室入室を阻止したい。ここらへんは麻酔科教授の腕のみせどころだと思う。


5.移植はいつだって緊急手術

当然のことながら、脳死心臓移植は緊急手術である。「ドナー心の阻血時間を最短にする」ことを第一に手術スケジュールを決めるために「AM1:00入室」といったキツイ時間帯になることがまあまあある。また、幸いにAM10:00入室のように比較的マトモな時間帯となったとしても、他の手術をいくつかキャンセルすることになり、移植の翌日などに追加症例となることが多い。

移植手術が終了すればお祭り騒ぎは一段落するが、現実の手術部運営では「延期症例のマネージメント」や「徹夜で働いたスタッフを十分休ませる」ことが終了してこそ「心臓移植が終了」と言えるのではないかと思う。

ちなみに、私の経験した3例では3例とも翌日は通常勤務であった。


6.試験のポイント

「こんなの試験に出ないんじゃ?」と思った皆さん、そのとおり!

心臓移植関係で出題されるとすればDenervation(除神経)あたりだろうか。ドナー心を摘出する際に、ドナー固有の心臓周囲の神経は除去される。よって移植直後は、ドナー心とレシピエント患者の神経の連絡はなく、アトロピンは無効である(心拍数を上げたいときは、イソプロテレノールかペースメーカーを使用)。

また、心移植後の心電図ではP波が2つ(患者固有のものとドナー心由来のもの)みられることがあるので、このあたりが出しやすいかも。画像問題では画像だけでなくその下に表示されるECGを読み込むのもお忘れなく。

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2009年9月 8日 (火)

JB-POT 直前講座 2009-3 βブロッカーはワンショットに限る

本記事は、某麻酔科医の思いつきで構成されており、特にエビデンスはありません。


ランジオロール(オノアクト)は短時間作用βブロッカーであり、afなどの頻脈性不整脈に有用とされている。静脈内持続投与が基本であり、0.01~0.04mg/kg/minの用量で適宜調節するそうである。

私も「af合併患者の非心臓手術」などで愛用しているが、シリンジポンプ最後に使用したのは・・・少なくとも一年以上前である。じゃあ、具体的にどう使用しているかと言うと「1バイアル50mgを20ccで希釈してモニターを見ながら0.5~2ccずつTitration」している。

モニターといっても、非心臓手術ではTEEはおろかA-lineも入っていない場合が多い。ならば具体的に何指標にしているかと言えば、af患者ではHR(ECGによる心拍数)とPR(SpO2による心拍数)が異なっている。心臓の有効な拍出量に寄与するのは当然PRであり、HR-PRは心房のムダな空打ちの回数と考えてよい。これらとBPを指標に管理している。

「HR=190、PR=67、BP=85/43」のようにHRとPRに倍以上の開きがあり、なおかつ血圧も不安定といったシチュエーションだと、「シリンジポンプを持ってきて~コード+延長コードをつないで電源を探して~ロック式の50ccの注射器を探して~三活と延長チューブをつけて~薬を希釈して~血中有効濃度に達するのを待って~」と悠長なことをやっているうちに、血行動態が収集がつかなくなることがある。こういうときは(無論、輸液不足や浅麻酔を除外診断の後だが)、すかさずワンショットで「ムダに空打ちしている心房を押さえ込む」のだ。しばらくするとHRは下がるが、PRはさほど下がらないか、かえって上昇する場合もある。たとえBPが想定外に下がり「シマッタ!入れすぎた!」と思っても、ランジオロールは短時間作用型なので、「じっとガマン」していると、それなり回復する。


上記の話を、フリーランス麻酔科医を集めたO野薬品の説明会でしたところ、フリー仲間には同調者が多かったが、O野薬品学術部の面々はビミョ~な表情であった。なお、マネするばあいは自己責任でどうぞ。

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2009年9月 2日 (水)

JB-POT 直前講座 2009-2 IVS/PW

IVS/PWとはinterventricular septum/posterior wall の略である。
左室心筋の心室間の厚さ/後壁の厚さを計測したもので、正常値は8~13mmかつ両者の比が1.3以内である。
文献によってはIVST/PWTと表記される場合も多い。この場合のTはthicknessの略である。

JB-POTの出題アウトラインには入っていないが、大抵の経胸壁心エコーにはこの計測項目があるし、心エコーレポートに目を通す際には私は必ずチェックしており、個人的にはE/A比より重要視している。でも、麻酔科の術前診察では、「EF=76%、弁逆流なし、IVS/PW=22/17」だと「心エコー上問題なし」と判断する麻酔科医が多い(しかもそういう人に限って麻酔科指導医だったりする)ので、入室時直後のECGを見てピンと来てカルテをひっくり返すとIVS/PWの異常値を見つけて、「やばー、危なかった」と地雷を回避できたりするのである。


1.何故やばいのか

LVOTO左室流出路閉塞を起こしやすいからである。ファロー四徴症の右室流出路狭窄の左室バージョンだと思えば理解しやすいかもしれない。肥厚して狭い左室流出路+麻酔導入直後の末梢血管拡張(=心室内は相対的にvolume不足)によって、十分に拍出できなくなるのである。対処方法はこれまたファロー四徴症のスペル対策と同じく、十分なvolume(ヘッドダウンや足の挙上も含む)とα刺激薬(メキサンやネオシネジン)、場合によってはβブロッカーも考慮される。かつては「心筋の動きを抑えるために、わざとハロセンを使う」という手もあったらしい。

一番ありがちだがやってはいけないシナリオは
前夜からNPOで脱水気味→深く考えずに麻酔導入(特に脊椎麻酔)→血圧下降→エフェドリン投与→血圧ますます下降→狭心症を考えてNTGのような血管拡張薬を投与→とんでもなく血圧下降→イノバン開始・・・・
であろう

また、IVS/PWの肥厚している症例ではLVEDVが狭小化するため、計算上のLVEF%は高くなる。素直にM-Mode法で計測すると、EF=87%などといった数値が平気で登場するのだが、「わあ~、心機能がスゴくいいんだ」などと感心するのは大間違いである。(EFだけで心機能の高低を決めるのは、月給だけで医者の就職先を決めるぐらい無謀なことである)。


2.異常の頻度は、高血圧性>>AS>肥大性心筋症

IVS/PWやLVOTOは教科書的には肥大性心筋症の項目で説明されることが多いが、日常臨床でIVS/PWの異常値をみつけるのは、圧倒的に高血圧性が多く、ついでAS、そして肥大性心筋症はかなりまれである。

高血圧患者ではIVS/PW=17/16など対称的に肥厚をきたす場合がほとんどである。しかし17/16程度でも術前輸液がイマイチの状態で麻酔導入すると、とてつもない血圧下降をきたすことがある。日常臨床でも「高血圧患者に麻酔導入したら、すごく血圧が下がって困った。エフェドリンだけではなくネオシネジンも使ってやっと血圧が回復した」といった経験はわりとあると思う。こういう患者に心エコーをするとIVS/PWの上昇を認めることが多い。

ASの術前診察では、えてしてAVAと最大圧較差(instantenousとpeak-to-peakの違いをお忘れなく)をチェックして終了になってしまうのだが、麻酔導入時のトラブルを回避するためにもIVS/PWをチェックしておきたい。

3.地雷を踏まないために

日々の診療では、術前診察を他人に任せて、申し送られた情報をのみたよりに麻酔をかける場合も多い。「心エコー問題なし」などと書かれれば、それ以上追求することはまれであろう。だったら、どうやって地雷を嗅ぎ分ければよいのか・・・それはECGである。

どんな弱小病院でも手術室に心電図はある。麻酔導入前に少なくともII誘導は確認できるであろう。IVS/PWの上昇している患者ではECGでLVHパターン(要するに高いR波や深いS波)が見られる。こういう心電図を見たら、すかさず輸液負荷とα刺激薬の準備した上で、麻酔導入に臨みたい。

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