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2009年9月11日 (金)

JB-POT 直前講座 2009-5 心筋炎

8月4日に放送されたNHK「たったひとりの反乱 娘はなぜ死んだのか 医療の壁と闘った夫妻の8年」を、ビデオに撮ったまま放置してあったのをやっと見終わったので、この記事を書いてある。いわゆる「新宮心筋炎裁判」である。番組の内容は、

5才の愛娘が苦しがっているので、深夜に病院に連れて行った。入院後医師は脱水と判断し、点滴のみで放置した。しかし、娘は苦しむ一方で、心筋炎と診断されたときには手遅れで死亡した。医者の説明に納得のいかなかった両親は訴訟を起こし、1審は無罪だったが2審で「医療ミス、5400万賠償」との判決となった。医師達は上告しようとしたが、市長が自宅まで謝罪に出向き、上告断念を決定、判決が確定した。

要するに「心筋症は適切な治療を施せば助かる、救命できなかったら5400万」というのが、裁判所およびNHKの判断らしいのだが、一度でも心筋症を診たことのある医者だったら、納得できないと思う


1.早期診断?

心筋炎に特異的な症状はない。「なんとなくだるい」「むくみ」「頻脈」などなど、よくある症状である。教科書的には「心電図での全誘導でのST変化」などが挙げられるが、タイミングによっては頻脈程度しか変化がないことは多く、無論ふつうのカゼでも頻脈はよくあることなので、それだけで心臓疾患を疑うことは難しい。しかし、何かのはずみで心臓にエコーを当てれば「DCMのような全周性壁運動低下」を認めるであろう。

かぜ患者のうちの数万人に一人程度の頻度だが、先行するウイルス感染が何故だか心筋に波及して炎症をおこすことがある。また、明らかな先行感染がなく、いきなり心不全に至ることもある。劇症心筋炎のイメージとしては

47歳男性:日曜日にゴルフをしていたが、昼食頃から体がだるかった。午後のプレーは早めに切り上げ、風呂場で同僚に顔色不良を指摘された。帰りの車中で失神し、そのまま救急病院に連れてゆく。外来で血圧が測れず、即入院→ICUにて挿管+人工呼吸器+カテコラミンを開始→血圧が維持できず夜中にPCPS挿入・・・

といったスピードで進行する。これはかなり運がよかったケースであり、「ゴルフ場で失神→救急車を呼ぶが間に合わず」に終わるケースもまあまあある。


2.治療

劇症型心筋炎の治療は、大きく2つ

A.補助循環を装着→自己心機能の回復を待つ
B.心移植

である。日本国内では小児の心移植は絶望的(今年やっと合法化されたばかり)なので、

A1、迅速にPCPSを装着して、自己心機能の回復を待つ(ただしPCPS単独では3日程度が限界)
A2、迅速にPCPSを装着→VAS(補助心臓)を植込んで自己心機能の回復を待つ(管理がよければ1000日以上待てる)
となる。

要するに、私が大学病院で現役だった時代でも「ダメ元、間に合ったらラッキー」の病気だった。「ヘリポートで天候の回復を待ってるうち死亡」なんてケースも経験した。大学病院は弱体化し、国循も「ICU医全員辞職」ショックから回復できない現在では、救命率はさらに下がっていると思われる。


3.小児の劇症心筋炎→補助心臓への細く長い道のり

おまけに、NHKがとりあげた症例は5歳児であり、救命率は成人例よりさらに厳しい。

新宮市の病院には心臓外科があったので、なんとか小児用の回路を入手して院内でPCPSを装着→ヘリで最寄のVAS植込み可能な病院に搬送するしかない。和歌山県だったら、最寄は大阪の国立循環器病センターあたりだろうか。

また、国内で正式に認可された小児用VAS(補助心臓)はない。成人用サイズのVASに大量の血管拡張薬を併用して、無理やり機械に患児の血行動態を順応させなければならない。「そんなのかわいそう」と流量を下げれば、あっというまに血栓ができ、それが脳に飛べばGame Overである。国内でのVASを扱う施設のなかでも、こういった小児VAS管理の経験豊富な施設は、さらに数が少ない。


4.結語

小児の劇症心筋炎の救命率とは「サイコロで3回つづけて1が出たら救かる」といったレベルの話であある。救命できなかった医師に高額の賠償金を課して、さらにNHKで再現ドラマを全国放送するという行為は、今なお救急の現場にとどまる医師の士気をくじき、医療崩壊を促進するものでしかない。


5.テストに出そうなのは?

とりあえず、心筋炎といえば全周性のST変化とDCM様エコー画像を覚えておこう。

それでは、今年のレクチャーはこれにて終了とさせていただきます。
あさっての試験、がんばってください。

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コメント

医療過誤訴訟は制度的な対応が遅れているのかもしれません。特許などの係争では、特許庁の「審判」という専門家が関与する裁判外の紛争解決方法が確立しています。特許専門の裁判所もあります。対して、医療過誤問題では、いきなり司法手続きにのせるしか原則として方法がありません。医療過誤専門の裁判所も存在しません。裁判には高額の費用がかかり、日時も必要で、出される結論は専門家からは説得力のない結末になる可能性が高いです。
 私見では裁判の前に行政内部に医療過誤問題を専門とする調停や審判を行う独立性のある組織を設置し、複数の専門家による判断を下す組織の設置をする必要があると思います。そうしたら早く、安く、正確な判断が下さると思います。患者、医者ともにメリットはある話だと思うのです。独占禁止法などの分野でも行われています。何故、医療問題では設置されないのでしょうか。

投稿: とろとろ | 2009年10月30日 (金) 21時28分

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