おかげさまで、学会の教育講演は無事に終了しました。台風もどこかへ去ったようだし。
何が大変って、副都心線の渋谷駅のホームから地上に出るのに10分以上かかってしまい、学会場にたどり着けないんじゃないかとパニックになりそうでした。
でもって、時間の関係であまり説明できなかった事項を補足しておきます。
症例は、
「狭心症の既往がありステント留置後の低位前方切除術」であったが、
「周術期のモニターとしてのTEE」について追加説明しておきます。
1.EF:カテコラミン使用の指標
左室駆出率を測定することで、「カテコラミンを使用するか否か」「カテコラミン量の調節」「カテコラミンが多すぎて心臓が無駄に仕事をさせられている」を判断することができます。EFの測定方法としては、壁運動異常がある場合にはM-modeでは誤差が大きいので、少なくともArea法、できればSimpson法での測定が望ましいです。
心疾患合併症例の術前カンファで最も話題になりやすい計測値がEFですが、EFとは通常LVEFの略であり、心臓の4つの部屋のうちのLV(もっとも大切な部屋ですが)の収縮能の指標でしかありません。EFは心機能の全てを代表する値ではありませんし「非発作時には心エコー上異常のない狭心症患者」というのはゴロゴロいます。「EF70%」と言われても安全が保証される訳ではありませんし、「EF35%」でもLAD梗塞後の心臓をM-modeで測定した値だったら、さほど騒ぐ必要はないのかもしれません。
2.LVDd/LVEDV:Volume管理の指標
LVの直径や容積、そしてその推移を測定することで、Volume管理の指標とすることができます。「CVPの値を参考にVolume管理を行う」に近い感覚です。
3.DT、E/A ratio:NTG、ニコランジルの指標
左室拡張能を数値化することによって、NTG、ニコランジルの有効性を確認することができます。NTGやニコランジル投与を開始すると、トゲトゲしかったE/A波がなだらかになるのを見ると、ちょっとうれしくなります。
4.LAAの血栓・モヤモヤエコーの描出
心疾患合併症例では、周術期の抗凝固薬の管理は麻酔科医の悩みのタネであります。あんまり出くわしたくないシチュエーションですが、術前に抗凝固療法を中断・変更した症例では、左室(とくに左心耳)に血栓がみつかることがあります。左心耳は血栓の好発部位ですが、経胸壁エコーでは観察がむづかしく、「TEEを入れてびっくり!」ということがたまにあります。
5.肺塞栓:右心系拡大+TR
これもあまり出くわしたくないシチュエーションですが、術中の肺塞栓が即時に診断できます。血栓が直接エコーで見れる場合もありますが(この場合の致死率は高い!)、血栓が小さくても二次的な右心負荷(=RA,RVの拡大およびTR)によって、診断することが可能です。
6.TEE初心者のトレーニング
TEEといえば「心臓麻酔のおまけ」と考えられやすいのですが、心臓麻酔初心者は麻酔そのもので手が一杯になりやすく、TEEを操作する余裕がないことが多いです。こういった、心疾患合併非心臓手術で積極的にTEEを使用し、麻酔の合間に操作の練習をすることは、麻酔科医にとっても有意義なことだと思います。
7.臨床研究テーマとして(追加)
欧米に比べて日本の病院が集約化されていないことは広く知られています。「開心術が年2~3000件(もしくは0件)」というのは欧米では当たり前のことですが、わが国では「年50~200件が乱立」しています。よって、心臓麻酔の臨床研究をデザインしようにも、統計的な有為差が出るだけのデータを集めることは困難です。
だからといって、「日本ではTEEを使った臨床研究はできない」と決め付けるのは早計です。欧米では、麻酔科サブスペシャリティの分化が進み、「心臓麻酔部門」と「ペイン部門」だとあたかも別の科ぐらい交流がない場合が多いのです。一方、わが国の麻酔科医はいまだに「何でも屋」であることが要求されます。ゆえに「硬膜外麻酔がLV拡張能を改善するか?」といったサブスペシャリティを超えた研究の立案・実行は、我が国の麻酔科医のほうが有利だと私は思います。
「ウチの病院じゃ、開心術は週1回しかないから、マトモな研究はムリだ」と考える医師よりも「ウチの病院じゃ、週4日はTEEが自由に使えるから、なんか研究してみよう」と考える医師に、研究の女神は微笑んでくれるのではないでしょうか。